【書評】『ものの見方が変わる座右の寓話』から現代人に効くエピソードを10コ紹介してみた。【戸田智弘】

ものの見方が変わる座右の寓話 書評 感想 読書レビュー

 

まいど!

0円読書家  の よぴ です。

 

本日は、

 

対象書籍

■戸田智弘著

■ものの見方が変わる 座右の寓話

 

 

 

 

書評(読書レビュー)していこうと思います(‘◇’)ゞ

 

 

 

よぴ

さっそくですが、、、、、、

以下、僕がAmazonに投稿したミニレビューです!

 

※いわば、本記事のミニチュア版。

※300~500字でコンパクトにまとめてあります。

 

 

 

( ■■キャプチャ画像■■ )

(※Amazonレビューへの反映待ちです。)

↓ ↓ ↓

 

現代人に効くエピソードを10コ紹介してみた。

 

★総評★

古今東西の「寓話」を77コ紹介している「寓話集」てきな本。
有名なものからマイナーなものまで幅広くいろんな「寓話」を読めます。
著者の解説がついているので、意味が分かりづらい寓話も「なるほど!」と腑に落ちました。博識ですね~。

 

★要約★

■古今東西の「寓話」を77コ集めたよ。
■視座、仕事、学び、正義、生死みたく分類して解説付きで紹介。
■さまざまな「寓話」から〈古くて新しい視点〉を獲得してみてね☆

 

★要点★

ブログ記事の方で、僕チョイスで10コに厳選して紹介してます。
「現代人に刺さりまくるエピソード10選」みたく、寓話を現代社会や現代人に置き換えて考えてみました。

ここでは、軽く箇条書きで勘弁(^-^;

①人間万事 塞翁が馬 ~ 大局観を持つ ~
②三年寝太郎 ~ マイペースに牙を研ぐ ~
③カエルの登山 ~ うるせえバーカの精神 ~
④吊された愚か者 ~ 未知を既知に変換する ~
⑤がんばる木こり ~ がむしゃらではなく持続可能を目指す ~
⑥コスタリカの漁師とアメリカ人旅行者 ~ 金融資本主義のヤバい弊害 ~
⑦猿と井戸の月 ~ 身の丈に合わない欲望が身を滅ぼす ~
⑧三人のレンガ職人 ~ 諦観飛行とベビステ理論 ~
⑨大きな岩と小さな岩 ~ 最優先順位を決める ~
➉キツネとブドウ ~ 負け惜しみ上等! まずは獲れるものを獲る ~

 

★オススメ★

✔ 教養的に、昔話や寓話をザっと知っておきたい人
✔ 仕事や人生に行き詰っていて、どこかもどかしい人
✔ 「物事を自分で考えてみる」きっかけを作りたい人

 

P.S.

自分に刺さった寓話を中心に、考察や類推や例示など「自分なりに考えてみる」ような読み方も面白いかもしれません(^o^)

友達といっしょに意見を出し合ったり、議論したりも楽しそう!

僕は友達いないボッチなんでできませんがwww

出典:Amazon

 

 

補足ッ

本記事は、A面とB面の2つの構成からなる書評記事です。

A面:本の要約(客観的情報)

B面:本の感想(主観的情報)

すでに本書「ものの見方が変わる 座右の寓話」を読了済みの方は、B面からどうぞ(^o^)

↓ ↓ ↓

B面(感想パート)から読む

 

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【A面:要約】ものの見方が変わる 座右の寓話(戸田智弘著)

書評 感想 読書レビュー

 

それでは、さっそく要約していきます!

※本章では、以下の順で進みます。

 

基本情報 

↓↓ 

ざっくり要約 

↓↓

おすすめな人 

 

 

基本情報

 

まずは、基本情報から!

 

基本情報

書名:ものの見方が変わる 座右の寓話

著者:戸田智弘

分類:教養、民俗学

初版:2017年

貢数:291ページ

難度:★★☆☆☆

 

引用あらすじ

スピーチ、朝礼、プレゼンあるいは雑談など、人にものを伝える際「寓話」は非常に役立つツールです。

イメージのしやすさ、ユーモアな表現、そして説得力の高さで話し手の主張を強固に印象づけます。

しかし、自分の主張に合う寓話を探すのは難しく、それらをうまく解釈するのも難しいもの。

本書は、古今東西さまざまなジャンルの寓話を88話集め、さらにそれらを15の視点に分け解説。

「実用的」に使える寓話集となっています。

出典:Amazon

 

 

ざっくり要約

 

はい、ざっくり要約してみます!

ここでは3行の「超要約」でズバッと笑。

 

■古今東西の「寓話」を77コ集めたよ。

■視座、仕事、学び、正義、生死みたく分類して解説付きで紹介。

■さまざまな「寓話」から〈古くて新しい視点〉を獲得してみてね☆

 

たぶん、↑↑こんな感じで間違いないです。

 

注意ッ

3行まとめなので、かなり抽象化してます。

具体的な解説についてはB面にて行いますのでご勘弁。

 

 

おすすめな人

 

本書『ものの見方が変わる 座右の寓話』おすすめな人は、以下の通り!

 

オススメな人

✔ 教養的に、昔話や寓話をザっと知っておきたい人

✔ 仕事や人生に行き詰っていて、どこかもどかしい人

✔ 「物事を自分で考えてみる」きっかけを作りたい人

 

よぴプチ感想

寓話は古いの~新しいのまで幅広くカバー。

種類も、仏教系やイソップ物語系や企業・研究室エピソードなど横断的

また、著者の解説がついているので、意味が分かりづらい寓話も「なるほど!」と腑に落ちます。

自分に刺さった寓話を中心に、考察や類推や例示など「自分なりに考えてみる」ような読み方も面白いかもしれません(^o^)

(ってかそれをこの記事にてやろうとおもってます笑)

 

 

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【B面:感想】ものの見方が変わる 座右の寓話(戸田智弘著)

書評 感想 読書レビュー

 

はい、ここからは主観MAXで書かせてください!

 

今回は、、、

 

現代人に刺さりまくるエピ―ソード10選

 

を紹介していく形にします(‘◇’)ゞ

 

本書『ものの見方が変わる 座右の寓話』の中かから、

紹介する寓話(エピソード)だけ先にチラ見せすると、、、

 

俺的10選

・人間万事塞翁が馬

・三年寝太郎

・カエルの登山

・吊された愚か者

・がんばる木こり

・コスタリカの漁師とアメリカ人旅行者

・猿と井戸の月

・三人のレンガ職人

・大きな岩と小さな岩

・キツネとブドウ

 

 

 

①人間万事 塞翁が馬 ~ 大局観を持つ ~

 

昔、 中国 北方 の 国境 近く に 住む 老人( 塞翁) の 馬 が い なく なっ た。

人々 が 気の毒 がる と、 老人 は「 なに 今に 良い こと が ある よ」 と 平気 だっ た。

やがて、 その 馬 は 駿馬 を 連れ て 戻っ て き た。

人々 が「 よかっ た、 よかっ た」 と 祝う と、「 今度 は これ が 不幸 の 元 になり、 何 か 悪い こと が 起きる かも しれ ない」 と 喜ば なかっ た。

案の定、 その 馬 に 乗っ た 老人 の 息子 が 落馬 し て 足 の 骨 を 折っ て しまっ た。

人々 が 見舞い に いく と、 老人 は「 これ が 幸福 の 元 に なる だろ う」 と 平気 だっ た。

一年 後、 胡 軍 が 大挙 し て 攻め込ん で き て 戦争 となり、 健常 な 若者 たち は ほとんど が 連れ て いか れ て 戦死 し た。

しかし 足 を 折っ た 老人 の 息子 は、 兵役 を 免れ た ため、 戦死 し なく て 済ん だ。

引用:『ものの見方が変わる 座右の寓話』 戸田智弘著

 

 

けっこう有名な故事成語ですね。

略して、「塞翁が馬」と言ったりもします。

 

 

僕的な解釈だと、、、

 

よぴ

「不運」も「幸運」も、人生のある一時期のある一面に過ぎない。

幸運と不運は、連なってやってくる流動的なものだ。

従って、部分的に切り離すのはナンセンス。

全部ひっくるめて「人生」なのだから、 もっと全体に目を向けよう。

出来事に一喜一憂せずに、自分なりの「大局観」を持つことが大切だ。

 

こんな感じ。

 

 

実はコレ、座右の銘にしてるんですよね、僕の。

 

 

20代の半ばまで、

どうも人生がうまく行かず、

「自分は不幸だ!」と思うことが多かったです。

 

しかし、

その「不幸」が転じて、

「好機」を生むことにだんだんと気づくようになりました。

 

例えば、、、

 

不幸 ⇒ 幸運

・コミュ障つらい → WEB収入で生きる道が開けた。

・転売つらかった → ブログ頑張れてて根性もついた。

・貧乏な時期多い → 一生モノの料理スキル爆上がり。

 

こういった転換が挙げられます。

これら「転換」に気づき始め、あるとき、以下のような心境に。

 

 

ーーー

ーーーーー

 

不幸だろうが幸運だろうが、

すべては「解釈」の問題なのかもしれない。

その「解釈」ってやつは自分で コントロール可能な行為だ。

 

一方で、身に降りかかる「不幸」や「幸運」はコントロールできない。

そして、コントロールできない問題に思考や感情などのエネルギーを注いでも意味はない。

 

そんなんに一喜一憂しすぎるのは、なんかアホらしいな。

まるで、木を見て森が見れてない状態と一緒だな。

ああ、これが「塞翁が馬」ってやつなのかも。

 

ーーーーー

ーーー

 

 

と、僕自身の例を出しましたが、

あなたの「不幸」からもあなたなりの「意味」を見出せるはず。

そうした「意味づけ」が、僕らなりの「大局観」を作っていくのではないでしょうか。

 

そして、その形成された「大局観」が、

きっと僕らをオリジナルな存在に仕立て上げていくはずです。

 

②三年寝太郎 ~ マイペースに牙を研ぐ ~

 

ある 貧乏 な 村 に 怠け者 の 男 が い た。

この 男、 飯 だけは 人 の 倍 も 食う くせ に、 あと は ごろ ん と 寝 てばかり。 来る 日 も 来る 日 も、 食っ ちゃ 寝、 食っ ちゃ 寝 の 暮らし だっ た。

おっかさん は ほとほと 困り果て、 村 の 者 は「 ありゃ、 寝 太郎 じゃ」 と 言い 合っ て 笑っ て い た。

ある 年 の こと、 村 は ひどい 干ばつ に 襲わ れ た。

田 は 干上がり、 畑 に やる 水 も 不足 し た。 村 の 者 たち は 深い 井戸 を 掘っ ては み た ものの、 水 は 出 なかっ た。「 峰 の 向こう の 水 が 引け たら なあ」 と 村 の 者 たち は 嘆い た。

村 が そんな あり さま に なっ ても、 寝 太郎 は やっぱり 食っ ちゃ 寝、 食っ ちゃ 寝 の 生活 を 続け て い た。

とうとう 飲む 水 まで 事欠く よう に なっ た。

ついに 長者 どん は、 村 に お触れ を 出し た。「 この 日照り と 干ばつを 何とか し て くれる 者 が おれ ば、 わし の 娘 を 嫁 に やろ う」  

三年 が たっ た 頃、 寝 太郎 は むっくり と 起き上がっ た。

「 おっ か あ、 すま ねえ が、 飯 を 一升 ばかり 炊い て くれ ねえ か」。 息子 は 一升 の 飯 を たいらげる と「 ちょ っ くら 出かけ て くる べ」 と 言っ て 山 に 入っ て いっ た。

村 の 男 たち は 寝 太郎 の 後 を 追いかけ た。 寝 太郎 は 山 の ずっと 奥 まで やってき て、 品定め でもでも する よう に あの 石、 この 石 に 触っ ては、 押し たり 引い たり し て い た。

やがて、 寝 太郎 は 谷 の 上 に そびえる 大岩 の 前 に すくっ と 立っ た。 そして、 渾身 の 力 を こめ て 大岩 を 押し た。

する と、 ぐらっぐらっと 大岩 が 動き 始め た。

体 を ぶつける よう に 足 を 踏ん張る と、 とうとう 大岩 が 傾き はじめ、 ついに は どー ん と 大岩 が 谷 へ 向かっ て 落ち て いっ た。 転がり 出し た 大岩 が、 崖 を 崩し、 崩れ た 崖 が 雪崩 の よう に 谷間 を 埋め た。

する と、 せき止め られ た 川 の 水 が 岸 を 超え てあふれ 出し た。

そして、 新た な 川筋 が 村 へ 向かっ て 流れ て いっ た。 水 は たちまち 田 を うるおし て いっ た。

「 おお、 水 じゃ、 水 じゃ」「 神様 の 恵み じゃ」「 そう で ねえ、 寝 太郎 の おかげ じゃ」

これ 以降、 村 は どんな 日照り に なっ ても 水 に 困る こと は なくなっ た。

寝 太郎 は 長者 どん の 娘 を 嫁 に もらい、 おっかさん を 大事 に し ながら、 幸せ に 暮らし た と いう。

引用:『ものの見方が変わる 座右の寓話』 戸田智弘著

 

 

これも有名。

 

ちょっと長いので、

ざっくり要約してみます。

 

・三年間ぐうたらしてた若者が、

・ある日急に力を発揮し、

・大きな成果を得た。

 

めっちゃ抽象化すると、こんな感じでしょうか。

それで、この話から得られる教訓はというと、、、

 

よぴ

雌伏の時、というものがある。

焦ってコケてもしょうがない。

持続可能なマイペースも重要。

 

 

この寓話によれば、

3年間ぐうたらしてた男が、

ある日村のピンチを救ってめでたしめでたしって展開。

 

だから素直に受け取ると、

「終わり良ければすべてよし」みたいなメッセージにも思えます。

 

もちろん、

そういった意味も込められてるはずですが、

僕はすこし違う角度からこの寓話を解釈しました。

 

それが、

 

・雌伏の時に、牙を研ぎすます。

 

といった解釈です。

 

 

たぶん、この寝太郎は、

ただただ、3年間ぐうたらしてたわけじゃないと思うんです。

 

その3年の間に、

「山から水を引いてくる方法」えていたんじゃないか、と。

 

だからこそ、

この話では「3年」が必要だったのではないでしょうか。

 

時に、怠け者でも力を発揮することがある

 

みたいな教訓なら、

日照りの翌日に寝太郎が解決しちゃう方が自然です。

 

そうではなくて、

寝太郎は3年後に解決した。

 

となると、

この3年間には何らかの意味があったと思わざるを得ません。

 

意識的にせよ無意識的にせよ、

3年間ずーっと考え続けたのだと思います。

 

そして3年後――。

 

解決法を思い付き、

モチベーションを高め、

ベストコンディションを作り、

 

大岩を投げ飛ばして、村に新しい水脈を作った。

 

ただし、

寝太郎の3年間は、

から見ればただの「怠け者」に映る。

 

表面的には飯食って寝てるだけなので当たり前ですね笑

 

一方で寝太郎は寝太郎なりに、

焦らずマイペースに考え続けていた。

そんな彼なりの帰結が、3年後に訪れたのでしょう。

 

 

それで。

この寝太郎の状態っていうのは、いわば、

「ニート」とか「ひきこもり」ですよね。

あるいは「生活保護受給者」とかね。

 

もちろん僕も、そういった、

「現代版三年寝太郎」の属性です。

 

そういった属性の人にこそ、

この話は刺さってくると思います。

 

焦らなくても自分のマイペースでイイんだ、と。

自分が続けてきた成果が最終的には実る時が来る、と。

 

しかし、

ここで注意すべきこともあります。

 

それは、

チャンスや成果は「棚から牡丹餅」的に、

単なるラッキーな形ではやってこない。

ってこと。

 

「三年寝太郎」で言うところの

 

・考え続ける

=牙を研ぎすます

 

をやっておく必要がある。

マジで何もやらないでの食っちゃ寝は違う。

 

僕の場合はブログ運営

およびそれに付随する種々の発信活動ですが、

 

もちろん、人それぞれあると思います。

 

牙を研ぐ

・ゲーム実況

・ラノベ書く

・楽器極める

・アニメ感想

・漫画レビュー

・映画レビュー

・イラスト描く

・ハンドメイド

・プラモデル作る

 

もっといろいろあるはずです。

 

とにかく、「自分が好き」なものを「マイペース」に続けていく。

その際に、動画や記事などで出来るだけアウトプットしていく。

 

ものすごい才能でもない限り、急に芽が出ることはまずないでしょう。

けれども、3年、5年、10年と続けていくうちにどこかできっと……。

 

この意味では、

僕のブログ歴は約2年なので、

まだまだヒヨッコな部類に入ります。

 

それでも、月5万円の自動収入くらいの、

小さな成果であればすでに受け取っている現状。

 

続けていく価値は十二分にありますよね。

 

「三年寝太郎」を教訓に、

焦らずマイペースに続けていこうと思ってます(‘◇’)ゞ

 

 

③カエルの登山 ~ うるせえバーカの精神 ~

 

一度 は 山 に 登っ て み たい と 思っ て い た カエル が 十 匹 集まっ た。

みんな で 一緒 に 登ろ う じゃ ない か という こと に なっ て、 山 の 麓 に 集合 し た。

しかし、 見送り に 来 た 仲間 たち は みんな ヤジ を 飛ばす ばかり だっ た。

「登れ っ こ ない だろ!   行く だけ ムダ だ ぜ!   やめ とけ、 やめ とけ」

そんな 言葉 を 背 に 受け ながら、 十 匹 の カエル は 出発 し た。 ぴょこぴょこ と 小さい 足 で 跳ね ながら、 山 に 登っ て いっ た。

中腹 に さしかかっ た ところ で、 ウサギ たち に 会っ た。

カエル たち が「 頂上 まで 登る ん だ」 と 言う と、 ウサギ たち は すぐさま こう 言っ た。「 頂上 に 登る?   無理 だ、 無理 だ!   この 山 は ものすごく 高い ん だ。 そんな 小さい 足 で 登れる わけ ない よ!」。

これ を 聞い て、 すでに 疲れ 切っ て い た 五 匹 は あきらめ た。  

残っ た 五 匹 の 前 には、 いっそう 険しい 上り 坂 が 待っ て い た。 やがて モミ の 樹海 に 入る と、 こんど は マーメット と 出会っ た。「 頂上 まで 行く なんて、 カエル さん たち には 無理 です よ。 あまりに 無謀 です。 とんでも ない です よ!」。

この 言葉 を 聞い て 二 匹 が あきらめ た。

残っ た 三 匹 は なおも 進ん だ。 少し ずつ、 少し ずつ、 とにかく 頂上 を めざし て 進ん だ。 ぴょこん、 ぴょこん、 ぴょこんと ─。 やがて こんど は 高山 の ヤギ たち が 現れ、 カエル たち の 様子 を 見 て 笑っ た。「 この へん で 引き返し た ほう が いん じゃ ない か? その 調子 じゃ、 あと ひと月 かかっ た って 頂上 には 着か ない だろ」。

ここ で また 二 匹 が 脱落 し た。

とうとう 残り は 一匹 に なっ て しまっ た。

しかし、 この 一匹 は それ から ずいぶん と 時間 を かけ て、 ついに 頂上 へと 辿り つい た の だ。  

その 一匹 が 山 を 下り て くる のを 待っ て、 仲間 たち は いっせいに 聞い た。

「 一体 どう やっ て 登り 切っ た の?」。

でも その カエル は ただ 一言「 何?」 と 聞き返し た だけ だっ た。

そこで 仲間 たち は もう一度 大声 で 聞い た。「 どう やっ て こんな 快挙 を 成し遂げる こと が でき た ん だい?」

すると その カエル は また し ても こう 聞き返し た。

「 何?   何?   何?」

その カエル は 耳 が 聞こえ なかっ た の だ!

引用:『ものの見方が変わる 座右の寓話』 戸田智弘著

 

 

本書『ものの見方が変わる 座右の寓話』で初めて知った寓話です。

けっこうおもしろい話で、かつ教訓もたっぷり詰まってます。

 

ざっくり、

 

・山の頂上を目指す10匹のカエルたちが、

・他の動物たちに「辞めとけ」とヤジられながら、

・次々とリタイアしていくけど一匹だけ頂上まで登り切った。

 

完登したそのカエルは、じつは耳が聞こえなかったのだ。

 

といったお話です。

 

解釈的には、

そのまんまですが、

 

よぴ

なにか事を成すにあたっては、

外野の無責任な〈声〉害悪にしかならない。

時に、フルシカトの「うるせえ、バーカ」の精神も大事になってくる。

 

だと思ってます。

 

まあ、アレですね。

ドリームキラーとかそういった感じの話です。

苫米地英人とかそこらへんの書籍でよく解説されてます。

 

 

ドリームキラー

あなたが夢や目標を周りに宣言すると、

周りの人がちゃちゃを入れてくる現象のこと。

 

理由はいろいろあるが、

たいてい「妬み」「善意」に分類される。

 

嫉妬:自分より高い場所に行ってもらいたくない

善意:あなたが失敗して傷つかないようにしたい

 

こういった心理が働いている。

 

 

似たようなこと、僕も経験ありますが、

誰しも多かれ少なかれ経験あるんじゃないでしょうか?

 

じつはコレ、対応策はめちゃくちゃカンタンです。

 

自分の夢は誰にも言わない。

もしくは本気で夢を追っている集団に入る。

 

理論的にはコレで解決します。

そもそも言わなきゃバレないし、

言っても自然な環境なら問題ありません。

 

 

現在の僕自身は、別に夢など持ってないし、

テキトーに貴族的に生きてるのであんま関係ないのですが、

 

〈外野の声〉ってところに絡めて考えると、

「うるせえ、バーカ」の精神はかなり大事だなって思ってます。

 

っていうのも、

夢とか目標とかじゃなくても、

〈雑音〉が入ることってよくあるじゃないすか。

 

例えば、僕はブログやってるんでその例で言うと、

 

・直接来るパターン

・耳に入るパターン

 

があります。

 

まず前者は、ブログやYouTubeに来る否定的なコメントですね。

YouTubeだとバッドボタンもそれに該当するかな。

 

これについては、

はっきり言ってレベル低すぎワロタなので、

「でましたーw」としか思わないけど厄介なのは後者です。

 

後者だと、

ネットには仰山いるじゃないすか。

声がやたら大きいバカで迷惑な連中が。

 

脊髄反射でなんにでもすぐに声を荒げるメスモンキー系とか、

雑魚のくせに勘違いしちゃってるイキリ散らしマウントゴリラ系とか、

過剰にネガティブ方面に発信して耳目を集めようとするサルゲッチュ系とか。

 

とくに、インフルエンサーとか呼ばれるコレ系のお山の総大将なんかは、

声が大きいのに加えて、拡声器まで持ってる(アフォロワー多い)から、

聞きたくもないのにこっち側まで〈雑音〉が飛んでくることもしばしば。

 

こんなもん、ちょっとした公害ですよ。

令和版の〈イタイイタイ病〉です。

 

まあつまりは、

現代だとフツーに生きてても、

SNSとかネットとかで〈雑音〉が飛んでくる世の中なわけで……。

 

こういった喧しい世界を生きる上では、

耳が聞こえないカエルの教訓を活かして、

遮断とかフルシカトとかが必要だと強く感じてます。

 

 

 

 

しかし、こっちがどんだけ気を付けていても、

〈雑音〉が飛んでくるときは飛んでくる。

 

そんな時に大事にしたいのが、

「うるせえ、バーカ」の精神。

 

 

プチクリ 書評 感想 読書レビュー

 

 

もっと上品に言うと、

「自分は自分、バカはバカ」ってスタンスですかね。

 

あるいは、最近流行ってる「うっせえわ」でも何でもいいけど、

とにもかくにも、 〈雑音〉と自分とは完全に切り離して生きていきたいものです。

 

 

切望ッ

ネット上の誰かをブロックしたら、

そいつに紐づくブログ・YouTube・各種SNS等を、

オール媒体でエターナル全ミュートするツール誰かはよ作って。

「10万です!」とかでも、ギリ買うと思うわ。

少なくとも、1万円とかのレベルなら即決で買うわ。

 

 

あと。当然ですが、が書いたり喋ったりしてることが、

あなたにとっての〈雑音〉となりえることもあるでしょう。

そんな時は光の速さでブロックして、次のように言ってください。

 

 

 

うるせえ、バーカ

 

 

④吊された愚か者 ~ 未知を既知に変換する ~

 

一人 の 罪人 が 王様 の 前 に 引き出さ れ た。

王様 は 彼 に 言っ た。「 おまえ には 二つ の 選択肢 が ある。 一つ は 絞首刑、 もう 一つ は あの 黒い 扉 の 向こう 側 で 刑 を 受ける こと。 さあ、 どっち を 選ぶ?」。

罪人 は 即決 で 絞首刑 を 選ん だ。

絞首刑 が 執行 さ れる 直前、 罪人 は 王様 に 質問 し た。

「 教え て ください。 黒い 扉 の 向こう 側 には 何 が ある ん です か?」。

王様 は その 質問 を はぐらかす よう に 言っ た。

「 面白い の お。 わし は どの 罪人 にも 同じ よう に 二つ の 選択肢 を 与える ん じゃ。 だが、 ほとんど 全員 が 絞首刑 を 選ぶ ん だ」

「王様、 教え て ください。 あの 黒い 扉 の 向こう 側 には 何 が ある ん です か。 どうせ 私 は 誰 にも 教える こと は でき ませ ん から」。

罪人 は 首 に 掛かっ た ロープ を 指さし た。

おもむろに 王様 は 口 を 開い た。

「 自由 だ よ。 自由」。 王様 は 繰り返し た。

「 たいてい の 者 は、 よほど 未知 への 怖 れ が 強い ん だろ う。 絞首刑 の ほう に 飛びつい て しまう」

引用:『ものの見方が変わる 座右の寓話』 戸田智弘著

 

 

これも、面白い話です。

 

ほとんどの罪人が、

「黒い扉の向こう」= 未知

として恐怖し回避してしまう。

 

でも、実際は「黒い扉の向こう」には自由が広がっていた。

 

ここから学び取れる教訓は、、、

 

よぴ

未知と言う恐怖の先に、果実がある。

恐怖を乗り越えた者だけが、果実をつかめる。

 

これも、まんまです。

かなりシンプルですが「挑戦の重要性」みたいな話でしょう。

 

 

しかし、

ここでひとつ付け加えておくと、

 

「寓話では〈未知の死〉という恐怖が強かったけど、

現実世界では〈挑戦して死ぬ〉ことなんてほぼない。」

 

ってことです。

 

さすがに、この寓話内では、

「黒い扉の向こうを選んだら惨殺されるかもしれない」

って相当の恐怖があるわけですので……。

 

絞首刑を選んだ罪人を、

一概に〈愚か者〉とは決めつけられません。

 

一方で、僕らが生きる現実世界ではそうじゃない。

 

この寓話から「挑戦の重要性」

という教訓を読み取った場合、

 

寓話のように死の可能性なんてないんだから、

未知や変化を恐れて挑戦しない者は〈愚か者〉とされても仕方がありません。

 

 

いったん立ち止まって、

〈挑戦〉とか〈未知〉とかを、

もう少し深掘りして考えたいと思います。

 

この寓話で気づいたことは、、、

 

〈挑戦〉と一口に言っても、

その手前に〈未知〉があるって構図です。

 

そして、その〈未知〉が心理的なブラックボックスになっている。

 

つまりは、

〈未知〉をどう処理するかで、

〈挑戦〉できるかどうかが決まるはず。

 

〈未知〉の不安や恐怖をなくすための「処理」とは、

もはや「情報収集しまくる」、この一点のみでしょう。

 

〈未知〉⇒〈既知〉に変換されれば不安や恐怖はなくなる。

その結果、シンプルに挑戦できるようになる。

 

注意ッ

あとは、ひとさじ分の「勇気」くらいは必要かもしれません。

 

 

ちなみに、僕自身が「未知」を処理したエピソードを紹介します。

直近として大きかったのは、「借金問題」ですかね。

 

 

ーーー

ーーーーー

 

じつは、クレカやキャッシングで150万円くらいの借金があるんですが、

月々の返済が重すぎたのを受け、ある時点で「飛ばす」決断をしました。

 

もちろん、他のあらゆる選択肢も考えましたよ。

債務整理系とか自転車操業とか親土下座とか期間工とかね。

 

それで、今まではあまり頭になかった、

「飛ばす=返さない」選択肢についても一回徹底的に調べてみたんです。

 

そしたら、

踏み倒した場合の最終結末が、

 

①信用情報がブラックになる(許容できる)

②裁判になり強制差し押さえ(対策できる)

 

とわかりました。

 

マジでこれ以上でも以下でもないんですね。

命も臓器も絶対に取られないし、マグロ漁船とかもありません。

 

これまで、ずっと日陰を歩いてきた人生です。

そして、人生には一発逆転もないことも知っています。

 

さらには、この先の人生もほとんど諦めてる人間に、

「信用情報の異動(いわゆるブラック状態)」なんて効力がほとんどないですし、

 

強制差し押さえにしたって、

実家住みニートで資産も皆無なので、

銀行口座差し押さえの対策さえやればOKなわけです。

 

口座なんて、ぶっちゃけ何通りも対策できますからね。

かるくバラすと、電子とか物理とか名義とか保護とかです。

 

 

補足ッ

長くなりすぎるんで、

ここでは控えときます。

 

 

あくまでも僕の場合ですが、

飛ばしても大したデメリットがありません。

 

この借金問題については、調べれば調べるほど、

「未知の恐怖」がなくなっていきました。

 

かつては死ぬほど恐れおののいていた、

「裁判」「差し押さえ」「ブラック」とかいうパワーワードも、

 

よぴ

なんだ。

雑魚キャラじゃん。

 

って心境になりましたね。

 

 

それは、調べたからです。

徹底的に、調べたからです。

 

 

調べる過程で、

もっといろんなことが分かりました。

 

金貸しなんて死ぬほどエグイことやってるわけだし、

他国での金貸し業界からしても日本は異常で、

そもそも法的にも全く問題がありません。

 

税金とか、国が相手だと厄介ですが、

民間の金貸しだと、民事裁判にしかならない。

 

債権者から裁判にかけられます(経験)。

ここでは当然、債務者は負けます(経験)。

債権者は差し押さえの権利を得ます(経験)。

ーーーーーこれにて裁判は終了ーーーーー

債権者はその権利を使うかもしれません(経験)。

 

こんなもんです。

これですべてです。

 

※僕の場合は、ほぼすべてが完結しますね笑。

 

ーーーーー

ーーー

 

 

以上が、「情報収集」によって〈未知〉を乗り越えたエピソードです。

僕の場合は、この経験があるんで、だいぶ楽ですね。

 

もし、また新たな〈未知〉の恐怖がやってきても、

いっかい深く経験しているので、また対処できるでしょう。

 

 

このように。

寓話の中でも実はそうだったように、

現実世界においても〈未知〉=死 であはりません。

 

〈未知〉に対して「情報収集」というアプローチをかければ、

〈未知〉⇒〈既知〉に変換されていきます。

 

〈既知〉になれば、

不安や恐怖は消え去ります。

その結果、決断や挑戦がしやすくなるでしょう!

 

 

⑤がんばる木こり ~ がむしゃらではなく持続可能を目指す ~

 

昔 々、 一人 の 木こり が 材木屋 に 仕事 を もらい に いっ た。 申し分 の ない 条件 だっ た ので、 木こり は 仕事 を 引き受ける こと に し た。

最初 の 日、 木こり は 親方 から 斧 を 一本 手渡さ れ、 森 の 一角 を 割り当て られ た。

男 は やる気 満々 で 森 に 入っ た。

その 日 は 一日 で 一八 本 の 木 を 切り倒し た。

「よく やっ た!   この 調子 で 頼む ぞ!」。 親方 の 言葉 に 励まさ れ た 男 は、 明日 は もっと 頑張ろ う と 誓っ て 早め に 床 に 入っ た。  

次 の 日、 男 は 誰 よりも 早く 起き、 森 に 向かっ た。

ところが、 その 日 は 努力 も 虚しく 一 五 本 が 精一杯 だっ た。

「 疲れ て いる に 違い ない」。 そう 考え た 木こり は、 日暮れ とともに 寝床 に 入っ た。夜明け とともに 目 を 覚まし た 男 は「 今日 は 何 と し ても 一八 本 の 記録 を 超える ぞ」 と 自分 を 奮い立た せ て 床 を 出 た。

ところが、 その 日 は 一八 本 どころか その 半分 も 切り倒せ なかっ た。 次 の 日 は 七 本、 その また 次 の 日 は 五 本、 そして 最後 には 夕方 に なっ ても 二本 目 の 木 と 格闘 し て い た。  

何 と 言わ れる だろ う と びくびく し ながら も、 木こり は 親方 に 正直 に 報告 し た。「 これ でも 力 の かぎり やっ て いる の です」。

親方 は 彼 に こう 尋ね た。「 最後 に 斧 を 研い だ のは いつ だ?」

男 は 答え た。「 斧 を 研ぐ? 研い で いる 時間 は あり ませ ん でし た。 何せ 木 を 切る のに 精一杯 でし た から」

引用:『ものの見方が変わる 座右の寓話』 戸田智弘著

 

 

一見すると、どこか笑い話の様ですが……。

 

はたして僕らは、

この木こり男を手放しで笑えるだろうか?

 

少なくとも僕は、

 

よぴ

ちょっと笑えない話だな……。

 

って感じました。

 

 

男は一生懸命、真面目に仕事に取り組んでいた。

にもかかわらず、初日より低い成果しか出ない。

 

なぜでしょうか?

 

この寓話の中では、

「斧」を研いでいなかったからです。

 

つまり、

教訓としては、

何事も、思考停止はダメだよ。

ってところでしょう。

 

 

この木こりのように、僕たちも、

知らず知らずのうちに思考停止している可能性があります。

 

時々、立ち止まって考える必要があるかもしれません。

 

自分にとっての、

 

・木を伐る

・斧を研ぐ

 

は何に置き換えられるのか?

 

もちろん、人によって仕事の種類や内容は違うと思いますが、

いったん、僕の「ブログ運営」を例にとって考えてみようと思います。

 

 

ーーー

ーーーーー

 

ブロガーにとって、

 

・木を伐る → 記事を書く

・斧を研ぐ → 体験をする

 

だと捉えています。

 

「体験する」ってのが、

やや意外かもしれません。

 

これは、

そもそも体験したネタがないと記事は書けないし、

ネタへの見識の深さが記事の良し悪しを左右するから。

 

読者にとってもGoogleにとっても、

「一次情報」が求められているのは確実です。

 

「一次情報」とは、ざっくり、「経験則」のこと。

 

・費やした費用

・費やした時間

・費やした思考

 

これらがある一定の水準を超えると、

記事として「書ける」状態になります。

 

そしてその「一次情報」は、

多ければ多いほど、書ける範囲が広がります。

深ければ深いほど、読み手に価値を与えます。

 

 

補足ッ

「二次情報」についてですが、

価値がないとまでは言いません。

ただし、ブログやアフィにおいては価値が薄いです。

「二次情報」とは情報源が自分になく、他者にソースがある情報のこと。

たいていの場合、各種メディアから仕入れた情報、が該当します。

リアルだと、本とか雑誌とか新聞とかラジオとかテレビとか。

ネットだと、誰かのブログ記事とかYouTube動画とかSNSとか。

すでに不特定多数が既知である情報にはそこまでの価値がありません。

これは個人的な予想ですが、二次情報をまとめたいわゆる「こたつ記事」しか書けないようなWEBライターは、近いうちに絶滅すると思います。

理由は、Googleの検索アルゴリズムが企業や専門家などの「権威性ファースト」に移り変わってきてるから。

もはや一昔前のように、どこの馬の骨かもわからん奴がテキトーにググって調べた情報をまとめた「こたつ記事」が上がる時代じゃありません。

現在では(そしてこれからも)、情報の精度や希少性が、強く求められています。

※二次情報でも、膨大な情報を整然とまとめたり、難解な情報をかみ砕いて説明したりなど例外もある。

※しかし、やはり「読んでもらう」「買ってもらう」「広めてもらう」が目的のブログ記事には不向き。

 

 

一次情報の重要さを、

具体例を出して説明します。

 

例えばウイスキーについて書くときに、

 

初心者

ウイスキー飲み始めて3日、

とりまボウモアだけ飲んでまーす。

 

みたいな状態の人が、

ウイスキーについて書けることはほぼありません。

 

無理やり書くとしても、

超浅い感想記事しか書けず、

往々にしてそんな記事には価値がない。

 

ウイスキー銘柄のレビュー記事そのものには価値がありますが、

ウイスキーへの経験則が圧倒的に足りていないので、

まともなレビューはできないでしょう。

 

一方で、

 

よぴ

ウイスキー? 10年以上、愛飲してますよ。

安いウイスキー中心ですけど、いろいろ飲んできました。

隠れた銘品とか、面白い割り方とか、だいたいの相場とかも知ってるよ。

 

となってくると、

書ける記事も多くなり、

オリジナルな情報も与えられます。

 

ひいては、

読者やGoogleに評価される記事になるわけです。

 

実際に2年近く前に書いたウイスキー記事が、

いまだに検索上位とれててアフィも毎月売れ続けてます。

 

 

言いたいことが分かりますよね。

 

 

だからこそブロガーにとっては、

「体験する」ってことはめちゃくちゃ大事なんです。

 

ウイスキーでもアニメでもポイントサイトでも、

その「ゲーム」を先にやり込んでおく必要がある。

 

木こりの話で言えば、

それが、「斧を研ぐ」って行為。

 

僕自身の考えでは、

「木を伐る = 記事を書く」よりも重要かな、と。

 

なぜなら、がむしゃらに記事を書きまくっても、

そもそもの一次情報がクソならそこに価値などないからです。

 

いくら「木を伐りまくるぜ!」と気合入れて動いても、

斧を研いでおかなければ、やがて木が伐れなくなるのと同じ。

 

もちろん、20年30年も生きていれば、

すでに磨かれた斧の一本や二本くらい持っていることでしょう。

 

注意ッ

当然ですが斧を持っていない人は、先に入手しないと話になりません。

持ってても磨かれていない斧の場合、先に磨いてからじゃないと厳しいです。

 

僕もそうでしたが、たいていの人は最初はブーストが効くんですよね。

その意味では、木を伐りまくって伐採に慣れることには問題ありません。

 

でも、必ずやってくるんです。

斧の切れ味がって切れなくなる日が……。

 

それが「ネタ切れ」とかいう奴です。

あるいは、「鳴かず飛ばず」とかいう状態。

 

寓話の木こりとまったく同じですね。

 

伐れなくなったら仕事にならないので、

やはり「斧を研ぐ = 体験をする」のは超重要。

 

ブログに限ってですが、

この問題は「鶏が先か卵が先か」ではありません。

常に、「斧を研ぐ = 体験をする」が先行します。

 

「斧を研ぐ」という重要性に気づけたからこそ、

僕はブログを約2年続けられているのだと思います。

 

そうでなければ、

がむしゃらに書いていつかネタ切れして終わり。

モチベも死滅して全てどうでもよくなって退場。

 

みたいに燃え尽きていたことでしょう。

一歩間違えばこの燃焼コースだったかも。

うーん、怖すぎて草も生えません。燃焼だけに。

 

 

ちなみに。

この文章をブロガー系の人が見ているか分かりませんが、

だからこそ、「毎日更新」なんかやっちゃダメなんですね。

 

2021年の市況において、

コンスタントに毎日更新し続けて、

今なお生き残っているブロガーなんて誰もいません。

※日記レベルとかマネタイズしてない趣味の人とかは別。

※情弱狩り拝金主義に堕ちた元ブロガー現YouTuberらも別。

 

ーーーーー

ーーー

 

 

木をコンスタントに伐り続けるには、

で斧をいでおく必要があります。

 

木を伐ることだけに囚われていると、

斧を研ぐ時間は喪われてしまいます。

 

斧を研がなければ、木は伐れなくなります。

 

 

あなたにとって、

「木を伐る」とは何ですか?

「斧を研ぐ」とは何ですか?

 

 

 

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⑥コスタリカの漁師とアメリカ人旅行者 ~ 金融資本主義のヤバい弊害 ~

 

ここ は コスタリカ の 小さな 漁村 で ある。

一人 の アメリカ 人 旅行者 が 桟橋 に 係留 し て ある ボート に 近づい て 行っ た。 ボート には 大きな カジキ マグロ が 数 本 入っ て い た。

旅行者 は 漁師 に 尋ね た。 「何 時間 くらい 漁 を し て い た の」。

漁師 は「 そんなに 長い 時間 じゃ ない よ」 と 答え た。

「もっと 漁 を し て い たら、 もっと 魚 が 獲 れ た ん だろ う ね。 おしい なあ」

「自分 と 自分 の 家族 が 食べる には これ で 十分 だ」

「じゃあ、 余っ た 時間 は 何 を し て いる の」

「日 が 高く なる まで ゆっくり 寝 て い て、 それから 漁 に 出る。 戻っ て き たら 子ども と 遊ん で、 女房 と 一緒 に 昼寝 し て、 夜 に なっ たら 友達 と ワイン を 飲ん で、友達 と ギター を 弾い て いる のさ。 旦那、 する こと が いっぱい あっ て 毎日、 けっこう 忙しい ん だ よ」  

旅行者 は まじめ な 顔 で 漁師 に 向かっ て こう 言っ た。

「ハー バード・ビジネス・スクール で MBA を 取得 し た 人間 として アドバイス しよ う。 いい かい、 君 は もっと 長い 時間、 漁 を する べき だ。 それ で 余っ た 魚 は 売る。 お金 が 貯まっ たら 大きな 漁船 を 買う。 そうすると 漁獲 高 は 上がり、 儲け も 増える。 その 儲け で 漁船 を 二 隻、 三 隻 と 増やし て いく ん だ。 やがて 大漁 船団 が できる。 そうしたら 仲介 人 に 魚 を 売る こと は やめ だ。 自前 の 水産 品 加工 工場 を 建て て、 そこ に 魚 を 入れる。 その 頃 には 君 は この ちっぽけ な 漁村 を 出 て、 コスタリカ の 首都 サンホセ に 事務所 を 構える。 やがて ロサンゼルス や ニューヨーク にも 進出 できる だろ う。 漁獲 から 加工、 販売 までを 統合 し て、 オフィス ビル から 企業 の 指揮 を とる ん だ」

漁師 は 尋ね た。 「旦那、 そう なる までに どれ くらい かかる ん です か?」

「一 五 年 から 二 〇 年 くらい だ な」

「で、 それ から どう なる んで?」

旅行者 は 笑っ て 言っ た。

「うん、 ここ からが 肝心 な ん だ。 時期 が 来 たら 上場 する。 そして、 株 を 売る。 君 は 億万長者 だ」

「なるほど。 そう なる と、 どう なる んで?」  

「そう し たら 仕事 から 引退 し て、 海岸 近く の 小さな 村 に 住ん で、 日 が 高く なる まで ゆっくり 寝 て、 日中 は 釣り を し たり、 子ども と 遊ん だり、 奥さん と 昼寝 し て 過ごし て、 夜 に なっ たら 友達 と 一杯 やっ て、 ギター を 弾い て、 歌 を うたっ て 過ごす ん だ。 どう だい。 すばらしい だろ う」

引用:『ものの見方が変わる 座右の寓話』 戸田智弘著

 

 

これは、有名な話。

ネットのコピペで見たことある人も多いでしょう。

 

時間奴隷貨幣奴隷になりつつある、

我々のような日本人にグサッと刺さりそうなお話です。

 

どーでもいいですが、

このアメリカ人、

 

アメリカ人

ハー バード・ビジネス・スクールで MBA を取得した人間として アドバイス しよ う。

 

とかイキってるのがツボw

そしたらこのざまですよっていうねwww

 

 

まあ、真面目な話、

 

「貨幣って何だろうね」

「働くって何だろうね」

 

みたいなメッセージ性があります。

 

 

ニューヨークで成功した億万長者の理想的な引退生活を、

コスタリカの漁師はすでにで実現しちゃっているわけです。

 

この生活を手に入れるのが目的であれば、

「あくせく働いて」「ぎょうさん金を貯める」必要はありません。

 

こういった生活スタイルって、いわゆる「FIRE」のことですよね。

 

最近よく耳にする、

早期リタイア的な暮らし方のアレ。

 

大昔ならいざ知らず、高度にITが発達している現代なら、

「それなりの期間」「そこそこの金額」で達成可能でしょう。

 

少なくとも、この寓話で言われているように、

億万長者にならなければ不可能なわけじゃありません。

 

具体的には、、、

 

マネタイズの色んなパターン

A:労働収入からの貯蓄からのインデックス投資で不労収入

⇒ 種銭として1000万円あれば、年利5%で月4万円くらい

B:趣味や特技あればブログ構築やYouTube構築での不労収入

⇒ 月5~10万円の規模であれば十二分にリーチ可能(俺でも達成してる)

C:地域おこし協力隊などの行政バックアップをうまく活用する

⇒ 自治体によって報酬や支援がまちまちだがハマれば強い(何人か知ってる)

D:無能や障害者系なら逆に生活保護受給など国の公助を利用できる

⇒ ナマポはいくつか条件あるが受給できたら月10万円ほど&税金・医療費タダ

E:クレジットカードの枠を育てて限界まで金引っ張って一気に飛ばす

⇒ 信用情報が事故って強制差し押さえも来るが対策さえできれば大金GET

 

などなど。

 

どれも実現可能性が高く、

組み合わせて使うこともできます。

 

しかも、漁村での引退生活をエンジョイしながら、

その様子を動画配信するなどしてさらなるマネタイズも狙えます。

 

もしくは、その地縁にうまく溶け込めれば、

物資の提供や交換で支出を大幅にカットできる可能性も。

 

 

このように、

「暮らしていける程度の収入」さえあれば、

コスタリカの漁師のような気まま暮らしはできます。

 

「億万長者にならなければリタイア不可」なんて、

そんなバカバカしいことはありません。

 

しかしながら前者の考え方は、

「貨幣」への“無垢な”信仰心を外さないとムリゲーです。

 

旧世紀の金融資本主義的な世界観では、

 

理想:「事業で儲けて株売って億万長者でヒャッハー!!」

現実:「都会暮らしで労働しまくり消費しまくり嗚呼ツラタン」

 

みたいな構造にはめ込まれるわけで、

いつの間にか身動きがとれなくなっちゃう。

物理的にも思考的にもガッチガチになっちゃう。

 

これはもう「貨幣」への信仰心が強すぎるが故の弊害です。

 

「貨幣」の外には無限の可能性があるのに、

「貨幣」の中に閉じ込められててそれが見えない。

 

しかも、

「貨幣」の中の世界観を上等なものだと思いあがってる節がある。

その割には、

「貨幣」の外の世界観に強い憧れを抱いてしまっているって矛盾。

 

この寓話からは、

「金融資本主義」への痛烈な皮肉を感じます。

 

 

よぴ

マジで、「働いたら負け」なのかもしれませんね。最近は特に。

いや、「働かされたら負け」の方が正しいかもです。ホントに。

 

 

その「常識」とか、

その「普通」とか、

その「憧れ」とか、

 

仕掛けられてる可能性、ガチ高いですよ。

 

 

⑦猿と井戸の月 ~ 身の丈に合わない欲望が身を滅ぼす ~

 

昔、 インド の 林 の 中 に、 五 〇 〇 匹 の 猿 が 住ん で い た。

ある とき 林 の 中 を 遊び歩い て い て、 ニヤグローダ という 木の下 まで 来る と、 そこ に 一つ の 井戸 が あっ た。 中 を のぞく と、 天上 に 輝い て い た 月 が、 真ん丸 いそ の 影 を 水 に 映し て い た。

彼ら の 頭目 は この 月影 を 見 て、 他 の 猿 に 言っ た。

「 おい 見ろ、 月 が 死ん で、 この 井戸 の 中 に 落ち て いる ぞ。 これ を 拾い 出し て、 世の中 から 闇 という もの を なくそ う では ない か」

すると 他 の 猿 ども は「 それ は 賛成 です が、 どう やっ て 月 を 拾い 出す ん です か」 と 聞い た。

頭目 は 答え た。「 それ は ちゃんと 俺 が 心得 て いる。 俺 が まず この ニヤグローダ の 枝 に つかまる から、 お前 たち の 中 で、 いちばん 大きな 奴 が 俺 の 尾 を つかむ の だ。 その 次に 大きい 奴 が そいつ の 尾 を つかむ。 こうして、次々 に 尾 を つかん で 井戸 の 中 に 下り て いっ て、 最後 の 猿 が 月 を 拾い 出す の だ」  

一同 の 猿 は 手 を たたい て 喜び、「 それ は 実に 妙案 だ」 と 言い、 いよいよ 実行 に 移し た。

頭目 が、 ニヤグローダ の 枝 に ぶらさがる と、 他 の 猿 が それ から それ へと ぶらさがり、 最後 の 猿 が 手 を 伸ばし て 水中 の 月 を つかまえよ う と し た とき、 猿 全体 の 重み で ニヤグローダ の 枝 が ぼ き ん と 折れ た。

五〇 〇 匹 の 猿 は ざぶんと 水煙 を たて て、 井戸 の 中、 深く 墜ち こん で、 いずれ も 溺死 し て しまっ た。

引用:『ものの見方が変わる 座右の寓話』 戸田智弘著

 

 

これは初見でした。

超ざっくり要約すると、、、

 

500匹のお猿さんたちが、

井戸水に写った月を掬い上げようとして、

結果的に全員が井戸の中に堕ちて全滅した話。

 

こちらから読み取れる教訓は、、、

 

よぴ

身の丈に合った服を着よう。

過剰な欲望は、やがて身を滅ぼすよ。

 

みたいなコトだと思います。

これは、先ほどの「コスタリカの漁師」とも通じるところがあります。

 

あのアメリカ人はまさしく、

「億万長者」とかいう〈身の丈に合わない欲望〉を持っていました。

だからこそ、思考が曇って、ああいう笑い話になっちゃうわけです。

 

とはいいつつも、

僕も経験ありまくりでこりゃめっちゃ耳が痛い話www

 

 

それではここで、

〈身の丈に合わない欲望〉

に囚われていた3年前の僕をご覧ください\( ‘ω’)/

 

 

ーーー

ーーーーー

 

3年前くらいっていうと、ざっくり脱法シェアハウス時代ですね。

中国地方の田舎で、同じような底辺同士で集まって暮らしてました。

 

その時はブログとかはやってなくて、

転売系をシコシコやってたって状況。

 

で、今と比べるとまあまあ稼げてたんですよね。

利益で月20~30万円とかで、いい時で 月50万円近くとかね。

 

額面だけ見ると有能そうに見えるかもですが、

その頃も(いやその頃はもっと)無能でした笑

 

たまたまその時稼げる手法がハマってただけで、

実入りのいい状態は半年も続きませんでしたから。

※結局いろいろダメになって転売は辞めることになります。

 

その頃を振り返ってみると、

めちゃくちゃ恥ずかしくてツラタンです。

 

・情弱乙で高額情報商材買ってた

・メンタル激よわで病んだことも

・金稼いでる奴が正義と思ってた

・奢った暮らしのため借金してた

 

 

自分をメタ認知できてなかったので、

〈身の丈に合わない欲望〉に踊らされて、

 

「もっと稼いで月100イきたいっす」

「情報商材を売ってドカンと稼ぐか…」

「東京行って何かワンチャン当てたい」

 

なんて考えたり目指したりしてしまってました……。

 

 

今思い返してみると、、、

 

よぴ

俺みたいな無能が何言ってんの(呆)

 

って笑止千万ですね。

 

今でこそわかるのですが、、、

 

自分をメタ的に認知できないと、

正常な判断が全くできなくなる。

 

 

正常に判断できないから、

借り物の思想に侵される。

 

 

借り物の思想〉はたいてい、

強者⇒弱者という搾取の構造になっている。

 

 

要するに、、、

情弱養分になってたわけです。

 

貨幣経済とか序列思考とか、

見事に洗脳されきった哀れな奴隷。

 

しかも、洗脳されてる人間って、

洗脳されてるってなかなか気づけなモンです。

 

一時期は本気で情報商材売りかけてましたから、

マジで全く笑えないほど無様としか言いようがありません。

 

 

当時のまま突き進んでたら、

ヤバいことになってたと思います。

 

あの価値観……。

あのマインド……。

あのメンタル……。

 

最終的には、

絶望して自殺ルートとか、

良くてクソ詐欺師堕ちルートとかだったでしょう。

 

もう、ゾッとしますね/(^o^)\

 

ーーーーー

ーーー

 

 

まあ、幸いにもその最悪ルートだけは抜けたんですけどね。

言い換えると、「自分と折り合いがついた」って感じです。

 

 

ここで話を寓話に戻すと、

 

お猿さん:何かと欲しがる現代人

水面の月:貨幣的物質的な桃源郷

 

ってところでしょうか。

「年収1000万円!」とかがその最たる例ですね。

 

あるいは、

「株やFXで大儲けしたい」とか、

「宝くじで3億円当てたい」とか。

 

さすがに、

そんなアホレベルじゃなくとも、、、

 

なるべく〈身の丈に合わない欲望〉を持たずに、

破滅からは遠ざかって生きたいものです。

 

 

⑧三人のレンガ職人 ~ 諦観飛行とベビステ理論 ~

 

旅人 が、 建築 現場 で 作業 を し て いる 人 に「 何 を し て いる のか」 と 質問 し た。

一人 目 の 作業 員 は「 レンガ を 積ん で いる」 と 答え た。

二人 目 の 作業 員 は「 壁 を 造っ て いる」 と 答え た。

三人 目 の 作業 員 は「 大聖堂 を 造っ て いる。 神 を 讃える ため にね」 と 答え た。

引用:『ものの見方が変わる 座右の寓話』 戸田智弘著

 

 

うーん、これはシンプル

それだけにけっこう深い……。

 

よぴ

これは、モチベ論的な話ですね。

 

「視座を高く持つ」「抽象度を上げる」みたいな。

もっとシンプルに、「短絡的になるな!長期で考えよう」でもいいかも。

 

あらゆる遠大な目的行為に適用できそうです。

仕事語学、あるいは趣味にも。

 

 

さっき転売時代のハズカシイ話をしましたが、

その頃の僕がまさに、「レンガを積んでいる」ようなモチベーションでした。

 

ギャンブル的な欲とか、

インスタントな成果とか、

セルフィッシュな考え方とか、

カネ、カネ、カネゴン的な価値観とか。

 

こういう感じだとたいていうまく行かないんですよね。

めちゃくちゃ運が良くてラッキーパンチみたいなことがない限り。

(いや、ラッキーパンチあっても地力がついてないザコなので、やはり無理か)

 

 

ただ、、、

ブログやるようになってから、

短期目線⇒長期目線に変わりました。

 

副業系で言ったら、

ブログなんて「長期目線」の最たるものです。

最低でも1年はやらなきゃ話にならないような世界なので。

 

僕に限った話じゃなくて、 

ブログでマネタイズできている人は全員、

多かれ少なかれそこら辺のことは実感してるはずです。

 

注意ッ

トレンドブログとか、

高額情報商材屋とか、

そこら辺はまた別な世界。

前者は狩猟労働的な限界、

後者は信用崩壊的な限界がある。

 

だから、

いい意味での「諦観」が身についてて、

この寓話で言うところの 「大聖堂を作っている」モチベ状態に。

 

僕で言えば、

約2年の運営期間ですが、

最低でも5年スパンで見てます、ブログは。

 

てか、僕の場合だと、

仕事的なスタンスと趣味的なスタンスが融解してて、

生きている限りは終わりなき旅になりそうな感じです笑

 

 

ちなみに、

こういった書評記事も「大聖堂モチベ」から来てます。

 

書評記事とか書評ブログとか「稼げない稼げない」

ってさんざんっぱら言われ続けているんですよね。

 

シンプルに本読む人はり続けてるし、

マネタイズの手段がしょぼかったりで。

 

だから売上とかPVとか数字面から見ると、

書評やっちゃってんのは悪手以外の何物でもありません。

 

では、なぜやってるのか?

その理由としては、、、

 

よぴ

読書とかって、一生続ける趣味じゃん。

だったらココも情報発信にみ込んどけ。

アウトプットで定着するし忘備録にもなるから。

マネタイズ面はほぼ期待してないけど、薄~い集客記事的な位置づけで。

(※書評系で100記事あったら総合的に月100PVくらい取れれば御の字レベルのあからさまなロングテール戦略。ってか仮に成果が一切出ないとしても思考的筋トレや高度で有益な暇つぶし手段GETになるから別におk。)

 

こんな感じ。

やっぱり「大聖堂ベース」に帰結していきます。

 

補足ッ

アニメの感想記事も、同じような位置づけです。

 

 

また、これらの「大聖堂スタンス」、

いわば〈諦観飛行(キラッ☆彡)〉に加え、

さらに「ベイビーステップ理論」も採用しています。

 

これは、、、

 

ベイビーステップ理論

よちよち歩きでもいいから歩みをめない。

小さな歩幅でもしづつコツコツ続けていく。

いずれはきな結果にたどり着くことになるから。

 

って感じのアメリカ慣用句。

日本的な表現だと「うさぎと亀」的な。

 

 

僕の場合、

発達障害的な傾向があるので、

普通の人よりも劣っている部分が多いです。

(ちなみに病気だとは思ってません。たまたま現代社会では「無能」とラベリングされし個性。)

 

だからこそ、

この「ベビステ理論」を大事にしています。

 

自分は無能なんだから、

いっそのこと開き直って、

「いいよいいよゆっくりで(^o^)」

「ゆるふわペースでもおk( ´﹀` )」

と、けっこう自分を甘やかしてます。

 

その代わりに、「絶対に辞めない」

「休んでもスローペースでもいいから歩み続ける」。

 

これがあったおかげで、

ブログを挫折せずに続けられてきたし、

「出来ない自分」へのストレスもほとんどなくなりました。

 

 

ってことで。

優秀な人は別にいいんですけど、

僕みたいな無能系の人が副業とか語学とか始める場合、

 

・諦観飛行(大聖堂モチベ)

・ベイビーステップ理論

 

をインストールしておくとると思います(‘◇’)ゞ

 

 

⑨大きな岩と小さな岩 ~ 最優先順位を決める ~

 

「クイズ の 時間 だ」。 教授 は そう 言っ て、 大きな 壺 を 取り出し 教壇 の 上 に 置い た。 その 壺 に、 彼 は 一つ 一つ 岩 を 詰め た。 壺 が いっぱい に なる まで 岩 を 詰め て、 彼 は 学生 に 聞い た。  

「この 壺 は 満杯 か?」。 教室 中 の 学生 が「 はい」 と 答え た。

「本当に?」。 そう 言い ながら 教授 は、 教壇 の 下 から バケツ いっぱい の 砂利 を 取り出し た。 その 砂利 を 壺 の 中 に 流し込み、 壺 を 揺すり ながら、 岩 と 岩 の 間 を 砂利 で 埋め て いく。 そして もう一度 聞い た。「 この 壺 は 満杯 か?」。 学生 は 答え られ ない。 一人 の 生徒 が「 多分 違う だろ う」 と 答え た。 教授 は「 そう だ」 と 笑い、 今度 は 教壇 の 陰 から 砂 の 入っ た バケツ を 取り出し た。 それ を 岩 と 砂利 の 隙間 に 流し込ん だ 後、 三度 目 の 質問 を 投げかけ た。

「この 壺 は これ で いっぱい に なっ た か?」 学生 は 声 を 揃え て、「 いや」 と 答え た。

教授 は 水差し を 取り出し、 壺 の 縁 まで なみなみと 注い だ。 彼 は 学生 に 最後 の 質問 を 投げかける。

「僕 が 何 を 言い たい のか 分かる だろ う か」

引用:『ものの見方が変わる 座右の寓話』 戸田智弘著

 

 

これは、割と有名な話かな。

ひろゆきとかもこの話しますよね、けっこう。

 

まあ、ざっくり、以下のような意味です。

 

大きな壺には、おっきい物から入れよう。

ちっちゃい物から入れちゃうと、あとでおっきい物は入らなくなるよ。

 

よぴ

壺=人生、

岩=一番大事なコト、

と置き換えてみてください。

 

「最優先順位を見誤るな」

みたいな教訓でしょうね。

 

 

よくある話では、

 

仕事を頑張りすぎて成功したけど、

家族や友人との関係が壊れてしまった。

 

とかね。

 

価値観は人それぞれですから、

家族や友人よりも「仕事だ!」って人はそれでいいわけです。

 

でも、

ほんとは趣味や家族を大事にしたいのに、

いつのまにか仕事が最優先になってしまった。

その結果として「不幸」になっちゃった。

 

っていうのは違うよね、

そうならないうちに最優先順位をよくよく考えとこう、

っていう警告めいたメッセージです。

 

 

ちなみに、僕の最優先順位はなにかというと、、、

 

シンプルに、

働かないこと。

 

ですね。

もっと正確には、

 

咲けない場所で咲こうとしないこと。

 

本当のこと言うと、べつに働いたっていいんですよ。

こういうニート生活って、常に「暇との戦争」になるので、

もはや一周回って「ああ、なんか働きたいな…」って魔が差す瞬間があります。

 

補足ッ

じつは、選択的ニートとか積極的ヒッキーとかは、

それなりの知性やそれなりの感性がないと維持できません。

理由は出勤という恒常性に浸れないから。思考停止が効かないんすよ。

自分の内的世界にログインしっぱなしの弊害がある。ここはまた別の機会で。

 

でも、実社会におけるおおよその仕事で、

自分が正しく機能しないことは身をもって知ってるわけで。

 

そうなると、

 

自分:叱責や冷笑や侮蔑など、精神ひいては肉体が不用意に搾取される。

他者:ミスやズレやロスなど、組織ひいては環境が不用意に汚染される。

 

自分にとっても他人にとっても、

損失になる結果しか招かないって地獄絵図

 

秩序のある人間社会においては、

殺人とか窃盗とか強姦とか姦淫とか、

法的に禁止されてるし本能的にもダメだと刻まれてますよね。

 

それらは、他者に著しく不利益を与える行為だからです。

 

「他者に著しく不利益」って意味で言うと、

僕が実社会で「働く」って言うのはその意味に他なりません。

 

他者を著しく害して、自分も著しく害する。

こんな大罪を許していいわけがないでしょう笑

 

よぴ

絶対に働きません。

それが、僕にとっての「大きな岩」です。

 

 

➉キツネとブドウ ~ 負け惜しみ上等! まずは獲れるものを獲る ~

 

飢え た キツネ が、 ブドウ 棚 から ブドウ の 房 が 垂れ下がっ て いる のを 見つけ た。

さっそく 取っ て 食べよ う と し た が、 手 が 届か なかっ た。

キツネ は そこ を 立ち去り ながら こう 言っ た。

「あれ は まだ 熟れ て い ない」

引用:『ものの見方が変わる 座右の寓話』 戸田智弘著

 

有名ですね。

「酸っぱいブドウ」ってやつ。

 

狐が獲れなかったブドウに対して、

「どうせ熟れてないから酸っぱい!」

と負け惜しみを言って去っていくアレ。

 

この寓話は、

「負け惜しみよくないよね」

みたいにマイナスイメージでとらえられてます。

 

ただ、本書では違った解釈なんですよね。

 

「愚痴を言ってブドウに妄執し続けるよりも、

負け惜しみでも言ってそのブドウを諦める方がいい」

 

ってな具合に。

 

 

たしかに、獲れないモノに心を奪われ続けるよりも、

きれいさっぱり忘れてしまった方が精神衛生上いいでしょう。

 

ブドウはいろんな対象に置き換えられると思います。

 

ブドウは比喩

・大金

・地位

・名誉

・恋人

・頭脳

・健康

・容姿

 

もちろん、

それが本当に欲しい物なら、

努力すれば手に入れられるかもしれません。

 

でも、キツネは努力してもムリだった。

僕らだって同じことだと思います。

 

努力してもムリなら、

そういう運命だった。

 

だったらもう諦めて、

努力して獲れるブドウを探した方がいい。

 

というか、ブドウじゃなく野イチゴでOKかもしれないし、

そもそも、「このブドウは俺が本当に欲しいものなのか?」

と自分自身と向き合ういい機会になるかもしれません。

 

老害

言い訳するな!

努力が足りないだけだ!

 

なんて昭和っぽいこと言わないでくださいよ。

今は令和時代です。昭和とは異世界レベルでなにもかも違います。

 

ここら辺の話は、

これまで取り上げてきた、

 

⑥コスタリカの漁師とアメリカ人旅行者 ~ 金融資本主義のヤバい弊害 ~

⑦猿と井戸の月 ~ 身の丈に合わない欲望が身を滅ぼす ~

⑨大きな岩と小さな岩 ~ 最優先順位を決める ~

 

にも通じるところがある教訓です。

つまり、「ソレ、本当に欲しいの?」てきな教訓。

 

ちょっと冷静に考えて見ると、

童話の狐がブドウに挑み続けてたら、

逆にヤバいことになると思います。

 

だって、

現時点で届かないんだから、

その場で飛び続けたって獲れっこありません。

 

もしかしたら、

3年後とか5年後とか、

脚力が進化して獲れるようになるかもですが、、、。

 

よぴ

いやいや、その前に。

ふつーに餓死してオシマイですよwww

 

そんなことしてる場合じゃないんですよね。

だから、別のエサを求めて立ち去った狐の選択は逆に正常過ぎませんかね笑

 

そういった意味で、

僕らは逆にこの狐を見習うべきです。

 

例えば、

僕やあなたみたいな平凡な人間が、

「月100万」とか目指すとしましょう。

 

アコギなことやんない限りまあ厳しいじゃないですか。

そんで月100万に妄執し続けて到達しなかった場合、超悲惨すぎませんか。

 

本気で目指せば目指すほど、

たぶん友達や家族をうと思うし、

自尊心も破壊されて最悪メンタルみますよ。

 

仮に達成したとしてもソレ維持できるんですか? って話で。

いや、そもそも論、「なんで月100万円が必要なの?」 って話で。

どうせその先の野望とかなく、てめーのあさましい我欲だけで目指してんだろって話で。

 

だっせえなマジで。

あっさい人生だなマジで。

 

すくなくとも、

はっきり言って僕は見下してますし、

まともな人間は同じような目で見ると思います。

 

だって人生の目標とかプライオリティーとかが、100万()なんだぜ。

いつの時代の成金思考だよwww いや、ふつーにあさましくね?

 

 

話が脱線しましたが、

とにかく、「ソレ、本当に必要?」ってことです。

 

よぴ

月100万で言うと、僕は要りません。

もはや負け惜しみですらないです。本当に要らないw

交換券をぎょうさん持ってても、使い先がほとんどないので。

 

 

【まとめ】ものの見方が変わる 座右の寓話(戸田智弘著)

書評 感想 読書レビュー

 

はい、

そろそろ終わりです。

 

最後の最後に、

本記事のまとめです。

記事の要点を振り返ってみましょう。

 

本記事のまとめ

①人間万事 塞翁が馬 ~ 大局観を持つ ~
②三年寝太郎 ~ マイペースに牙を研ぐ ~
③カエルの登山 ~ うるせえバーカの精神 ~
④吊された愚か者 ~ 未知を既知に変換する ~
⑤がんばる木こり ~ がむしゃらではなく持続可能を ~
⑥コスタリカの漁師とアメリカ人旅行者 ~ 金融資本主義のヤバい弊害 ~
⑦猿と井戸の月 ~ 身の丈に合わない欲望が身を滅ぼす ~
⑧三人のレンガ職人 ~ 諦観飛行とベビステ理論 ~
⑨大きな岩と小さな岩 ~ 最優先順位を決める ~
➉キツネとブドウ ~ 負け惜しみ上等! まずは獲れるものから ~

 

 

ちなみに。

 

10選は辞めとけばよかったorz

ふつーに数が多すぎてキツ過ぎた!

 

当記事でモチベ論とかにも言及したくせに、

モチベが迷子になってて2か月くらいかけて完成しましたからね/(^o^)\

 

ほぼ誰も読まないような書評記事に、

2.6万文字とかは正気の沙汰じゃないwww

 

こーゆーところですよね、

ADHD的な無能さは……。

 

まあ、とりま生きようじゃないか笑

無能でけっこう。みんな似たり寄ったりです。

世知辛い世の中ですが、お互い頑張りましょう(‘◇’)ゞ

 

 

 

おわり。

 

最後まで読んでくださり、マジでありがとうございます<(_ _)>

以上、『無職イズム』管理人のよぴがお送りしました。

それでは、また別の記事で!

 

 

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